|
歓喜する円空
|

|
| 商品カテゴリ: | アート,建築,デザイン
|
| セールスランク: | 157919 位
|
| 発送可能時期: | 納期は下記のボタンを押してご確認ください
|
| 参考価格: | ¥ 2,310 (消費税込)
|
ご購入前のご注意
|
このページはアマゾンウェブサービスを利用して運営しています。
掲載商品はアマゾンの取扱いです。最新価格、製品情報はボタンを押してご確認下さい。
|
|
梅原日本学の新展開としての「円空論」!!
人間は不思議だ。人間の運命は不思議だ。梅原猛氏(1925ー )という存在がそもそも不思議だ。
西洋哲学を志していた人間が、ある時、UFOのように急旋回して、法隆寺や聖徳太子の研究を通し、日本文化の源流を辿る大学者になった。いや学者だけではない。異能な歌舞伎役者市川猿之助との出会いを通じて、猿之助スーパー歌舞伎の台本「ヤマトタケル」(1986)、「小栗判官」(1989)、「オオクニヌシ」(1997)、書き下ろしたこともある。
今回の「歓喜する円空」は、「円空仏」で知られる謎の多き仏師(?)円空を日本文化史上に定着させる知的冒険の書である。本書によれば、円空自身は、自らを「乞食沙門」(こつじきしゃもん)と記しているという。円空の人格的形成の中で、父の名を明かせぬ私生児「まつばり子」として生まれ、7歳で母を洪水で亡くしたということが、その生涯に決定的な影響を及ぼしているようだ。
本書で、梅原節が炸裂するのは、「仏教民俗学」の祖となった五来重氏(1908ー1993)の先行研究を批判する下りだ。その徹底ぶりは、梅原氏の学者魂の激しい一面を物語るもので、まるで鬼のように凄まじい。でもそれが妙に心地よく聞こえてくる。
また本書の第5章「円空の芸術の大改革」は、円空が「大般若経」の見返し絵として描いた一連の絵画についての考察である。出色の出来だ。さらに第9章で円空が詠じた和歌の考察「和歌に表れた哲学」は、円空の思想を知る上で貴重な論考だ。この中に、以下の歌(335頁)がある。おそらくこの歌が本書のタイトル「歓喜する円空」のイマジネーションの源泉となったと思われる。
歓喜(は) いつも絶やせぬ 春なれや 浮世の人を 花とこそ見れ
本書を読んでいると、円空の謎解きの行脚をしながら日本中を氏と旅をしている気になり、一気に読ませてしまう力がある。この本の中には、円空仏を見ながら、微笑んでおられる写真(9頁、285頁)が見える。幾度かの癌の再発を乗り越えて来られた梅原氏自身の不屈の学者魂を思う時、私はその笑みを湛えた表情の中に円空仏の湛える歓喜の表情に通じる達観を発見した。
梅原日本学が、円空に取組んだ決定稿
約40頁にもわたる口絵に収められた円空仏の個性豊かなフォルムに魅入りましたし、本文の詳細な叙述も精読しました。
本書は、過去の研究史を丹念に追いかけ、先人の記した研究視点の曖昧さを見つけ出し、円空について記された様々な史料を綿密な史料批判を繰り返しながら丁寧に解き明かした円空研究の決定稿とも言える労作だと感じました。
円空ブームは、昭和40年代後半におこりました。木喰とあわせて五来重氏を中心とする民俗学者が取り上げましたので、その当時私も飛騨高山、岐阜、名古屋と円空の足跡を辿りながら円空仏を鑑賞する旅にでたのをよく覚えています。
あれから30数年経って、今また新たな地平を開く素晴らしい研究成果に巡り合うのは幸せです。
梅原猛という稀代の学者の関心テーマとなったのは幸いなことで、80歳を超える梅原氏の旺盛な学問への関心の高さに驚きます。聖徳太子と法隆寺の謎に迫った『隠された十字架』や、柿本人麻呂の生涯を探究した『水底の歌』という知的好奇心をくすぐる名著に続くような作品だと思いました。
冒頭の円空仏MAPが掲載されており、ラストに円空の年譜が記されており、口絵カラーと本文中モノクロの所蔵先も記してありますので、実際に円空仏と対面する際の参考になりましょう。
冒頭の写真がいいです
本の冒頭48ページに亘って円空仏の所在地の地図と各地に散在する円空仏の写真が載せられており、これを眺めるだけで、買ってよかったぁ?と思えます。「ありがたい」という言葉は、こういう仏様のためにあるのかな、と思いました。
著者が円空の人生と自分自身のそれとを引き比べながら語っているところが面白いなと思う半面、他の著作に比べ思い入れが強すぎて論理がよく見えない部分も感じました。円空好きにはうんうん、といいながら読める本ですが、独自の視点で歴史を切り通す梅原節を聞きたいのならちょっと期待はずれかも。
円空の願いは今や滅んだか
地方都市にも円空展が回ってきて、香川県歴史博物館に馳せ参じた。底知れないパワーと得体の知れない霊力に圧倒されたが、ありきたりの解説書では飽き足りないでいた。
この度、梅原猛「渾身の力作」に接し、独自の円空観に改めて刮目する羽目に陥ってしまった。臆することなく、従来の説の誤謬に忌憚のない批判をすることを厭わない。個々にわたる指摘はさておき、根源的テーマ一つにしぼれば、「円空は護法神を多く作って、日本の神々がすべての護法神となって仏法を護ることを願った」ということであった。
ところが、それ以降、「神仏分離」「廃仏毀釈」で円空の期待に反して「神が仏を滅ぼし」今は「少なくとも公的には神も仏も失った国」となったと先鋭的な断罪を下している。単に個人的円空論ではなく、日本のあるべき姿を示している文化論「日本の未来論」とみなしたい。心の清々しいひたむきさ、何ものにもとらわれない「思惟の深さ」を、「円空」に、そして「梅原猛」に等しく感じないではいられない。
円空研究、ここに極まる
円空研究は多くは民間の名も無い研究者が地道に献身的に行ってきたが、いまだ多くの謎や誤解も残されている。これら多くの研究を詳細に顧み、さらに検証を根気強く行いながら統括する研究者が出てくることは強く望まれていたとは思う。しかし、その労力を考えると極めて困難であることは確実であるが、今回、梅原猛氏がついにやってくれた。
このように、研究書としての側面の強い本であるので、円空そのものに強い思い入れがなければちょっと堅苦しく難しいかもしれない。しかし、よく読むと、梅原氏の円空への熱い想いに感激し、こちらもさらに円空に興味が出てくるという本でもある。
それほど円空への想いの強い梅原氏であるので、個人のエゴで円空像を歪めた研究者に対しては、それが権威者であろうと全く容赦はない。ここから、研究者に不可欠な倫理観や、80歳を超えてもいささかも衰えない梅原氏の意欲や情熱も感じ取って欲しいと思う。
この本により、円空がいっそう注目されるようになると思われるが、それは非常に良いことであり、喜ばしい。
新潮社
円空を旅する 円空と木喰 (NHK美の壺) 芭蕉の旅、円空の旅 (NHKライブラリー) 神と怨霊―思うままに 神仏のすみか (梅原猛「神と仏」対論集)
|
|
|
|
|